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救世主と呼ばれた男



 洗礼者ヨハネの生き様2     前項「洗礼者ヨハネの生き様1」からの続きです。

ヨハネ教団の一員であったイエス。
しかしイエスはシモン、アンデレなどを引き連れ、ヨハネの元を離れます。
なぜイエスはヨハネの元を去ったのか、この理由はヨハネの死に様を追うことで見えてくるように思います。

*洗礼者ヨハネとヘロデ・アンティパス*

ギュスターヴ・モロー作「出現」

ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。
そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたができないでいた。
なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお 喜んで耳を傾けていたからである。ところがよい機会が訪れた。
〜(中略)〜

ヘロディアの娘が入ってきて踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。
そこで、王は少女に「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」といい、更に「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と 固く誓ったのである。

少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は「洗礼者ヨハネの首を」と言った。

     マルコによる福音書6章18−24節


オスカーワイルドの戯曲「サロメ」外国古典に紹介しています) で有名な洗礼者ヨハネの最期。
聖書にはヨハネがヘロデと妻ヘロディアとの近親結婚がユダヤ教律法に背く行為だと非難し、それが元で拘束され、殺害されたと 述べられていますが、当時のヘロデ王の立場を考えてみると、ヨハネに死を与えた真犯人が他にいるように思えてなりません。

まず、ここで登場する「洗礼者ヨハネの惨殺」を行ったヘロデのおさらいをしておきます。
今回登場するヘロデはとは“ヘロデ・アンティパス”の事。
イエスの誕生前に「ベツレヘムの嬰児大虐殺」を行ったのは先王でありヘロデ・アンティパスの父にあたるヘロデ王です。ややこしいですね(^^;
先王のヘロデ王はローマでも権力があり、ローマ元老院からも支持された存在でしたが、息子達の代になると一変。イスラエル地域の 権力はローマ元老院自体に移り、ヘロデ・アンティパスはイスラエル地域の中のガラリアとペレアの領主にすぎなくなっていました。
しかもアンティパスの義兄アルケラオスはローマと折り合いが悪く、この頃には領主という地位さえ罷免されています。
ヘロデ・アンティパスはローマ元老院の顔色をうかがいながら、この地方を治めていたのです。

ヨハネ殺害の要因になっった問題のヘロデ・アンティパスの妻ヘロディアは、アンティパスとは異母兄弟のヘロデ・フィリポスの元妻であり、 ヘロデ・アンティパスからみれば義兄弟であり姪にあたる人物でした。
アンティパスが強引に美しいヘロディアを義兄から奪ったとも、ヘロディアがアンティパスを誘ったのだともいわれていますが、 真実はもっと政治的なものであったのではないかと私は考えます。
妻ヘロディアはローマに滅ぼされたユダヤ王国の名門ハスモン家出身、 一方アンティパスはユダヤの民からも賎民と蔑視されていたサマリア人を母に持っていました。
衰退傾向にあるヘロデ家の血統強化、ハスモン家の勢力を借りた政治的圧力、などがこの近親結婚の背景にあったと考えるほうが自然です。

近親結婚というのは血統重視の王家にあっては今も昔も常套手段であり、なにもヘロデ・アンティパスに始まったことではありません。
それをヨハネがこだわってうるさく咎め続けたとしたら、いささか矛先違いの攻撃に思えてなりません。


徴税人も洗礼を受けるために来て、「先生、私達はどうすればよいのですか」と言った。
ヨハネは「規定以上のものは取り立てるな」と言った。
兵士も、「私達はどのようにすればよいのですか」と尋ねた。
ヨハネは「誰からも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。

民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかして彼がメシアではないかと皆心の中で考えていた。


     ルカによる福音書3章12−15節

このルカによる福音書の一節は、民衆がいかにヨハネをメシア、救世主として期待していたのかがうかがえる一節です。 敵となるはずの政府の役人までがヨハネを頼って集まってきています。
ヨハネを頼っていたのは政府の役人だけにとどまりませんでした。
ヘロデ王自身も彼の諫言が正しいと感じ、ヨハネを恐れながらも対話を求め、保護していたことは、先に引用したマルコによる福音書6章 にも描かれています。

澱みのない厳しい言葉でヘロデまで魅了するカリスマ、ヨハネ。
ローマの役人達はさぞ彼の存在を恐れたことでしょう。
ヨハネだけなら武力を持たない教団は恐れるに値しません。しかし、ヘロデの後ろ盾を得ることができたとしたら・・・
ヘロデ・アンティパスには半分は虐げられる民サマリア人の血が流れている。
妻はローマに滅ぼされたユダヤ王国王家、ハスモン家出身。
義兄はローマによって罷免され、アンティパス自身もいつ二の舞になるかもしれない不安定な身。

ローマからみればヘロデはいつ裏切るとも限らない、信用のおけない人物であったのです。


有名なサロメがヨハネの首を所望する場面、私は長い時の流れの中で真実が隠されたように思います。
ヨハネの首を求めたのは少女サロメではなく、その時宴席に出席していたローマからの客人達であったのではないのでしょうか?!
この時一国の王でさえないヘロデには「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」とサロメに約束できる権限はなく、こう言えるのは ローマの高官達なのです。
サロメの愛らしいダンスを見ながら、ローマの高官達は「メシアと呼ばれている男を処刑すれば、この国の半分をやろう」とヘロデの耳元で囁いたのでしょう。
ヘロデの心中に探りをいれながら…

*ヨハネとの別れ*

画像提供「CGFA」

さて、ヨハネ教団のなかでイエスはヨハネの片腕ともいえる存在に成長していたでしょうから、 ヨハネに従ってヘロデの元を訪れた事があったかもしれません。
ヘロデと対面していなかったとしても、権力者から一目置かれて保護をうけるヨハネ教団の内情はよくわかっていたでしょう。

徴税人や兵士、支配階級者にまでヨハネ人気が高まり、それが政治と絡み合っていく様をイエスは どんな思いで見ていたのでしょうか。

イエスとヨハネには大きな違いがあります。
それは生まれ、育ちです。
イエスは母マリアの不義の子ではないかと噂される私生児。育ったのは貧しい木工職人の家でした。
一方ヨハネは年老いた夫婦が神に祈って授かった待望の一人息子。育ったのは神に仕える祭司の家。

同じ群集を見ていても、イエスは貧しく哀れな人々を、ヨハネは権力をもつ支配階級者達を見ていたとしても当然です。
なにもヨハネが権力至上主義者で貧しい民をかえりみなかった、と言いたいわけではありません。
目指すところは同じであっても、考え方でその経路は幾通りにもなるはずです。
ヨハネはまず権力者を懐柔したほうが効率がよく、ひいては民のためになると考えたかもしれませんし、
イエスは自分と身分の近い者達のほうが、心が通いやすかったのかもしれません。

そして支配階級にどんどん信者を増やし、政治的影響力を増すヨハネ教団にイエスは自分の居所を失ったのではないでしょうか?!
イエスがヨハネ教団から離脱した時、共に連れて出たのは文字の読み書きもままならない元漁師の兄弟であったのがその象徴とも思えます。

ヨハネは権力に殺されました。
それは事実としても、ヨハネの無茶な行為は死を自ら迎え入れたようにも私には感じられます。
誇り高い天才肌のエリート、ヨハネ。
彼は天才であるがゆえに未来を読み、自分の死まで誇りをもって来るべき救世主のために利用したのではないでしょうか?
成長したイエスの姿に自分を超える何かを感じたヨハネは、自らが救世主ではなく、救世主を迎えるために現れた預言者であると 吹聴し、イエス・キリストの邪魔にならないよう脇にどいたのです。

ヨハネとイエス、二人は同様の運命をたどったように見えるかもしれません。
しかし私にはヨハネとイエスの死に様はまったく異なった意味を持っているように感じます。



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